韓国スポーツエンタテイメント法学会が2009年11月が済州島で開催され、同学会の要請で、「WADA禁止リストM2.2.の正当な医療行為をめぐる法律上の問題点-点滴静注をドーピング違反とした処分をめぐるスポーツ仲裁裁判所2008年5月26日裁定(CAS 2008/A/1452 Kazuki Ganaha v/ Japan Professional Football League事件)を通じて」とテーマでの報告をしました。
報告集に掲載された論考です。画像をダブルクリックすると論文のPDFがダウンロードされます。(※本データは権利者の承諾を得て掲載しています。無断での転載・複製等は厳禁いたします。)
最初に、①WADA規程について、これまでのWADAの禁止方法に関する規定の変更経過、②2007年時点のWADA規程による「点滴静注に関する6要件」、③本CAS事件の事案の概要、④診療にあたった医師の「正当な医療行為」であるとする主張、⑤Jリーグの「正当な医療行為」でないとする主張の概要を説明しました。
CAS仲裁判断は、「2007年禁止方法には、『正当な医療行為を除き、点滴静注は禁止されます。』と定められています。一方、2008年の規程には、はっきりとすべての点滴静注は禁止されると記されています。」、「2008年には、M2の第一文は、『点滴静注は禁止される』とします。規程には『緊急の医療状況においてこの方法が必要であると判断される場合、遡及的治療目的使用に係る除外措置が必要となる』とする第二文もあります。」という差異に着目し、2008年規定では、「2008年の文言は点滴静注について全面的禁止としていますので、処罰側はそれだけを立証すればよい」が、2007年規定では、「2007年WADA規程の文言の下では、違反を主張する当事者が、点滴静注が行われたということ及びそれが正当な医療行為ではないということも立証しなくてはならない」と判断しました。この点は、Jリーグは異なった理解をしています。
本裁定では、直接の論点とはなっていませんが、脱水のために生理食塩水を点滴静注投与することが許されるとしても、これにビタミンB1を混注することが許されるのかという論点があります。
本件点滴静注治療が報道された当初は、本件点滴静注について、「脱水の治療のために生理食塩水を点滴静注することは容認するにしても、ビタミンB1を混注させたことは逸脱ではないか」という見解も考えられました。ビタミンB1の投与自体について6要件が必要としますと、点滴以外でもビタミンB1は投与可能であるので第2要件に欠け、点滴静注による補液は許されますが、これにB1の混注をすることは許されないという結論になる恐れがありました。
WADA規程「禁止表国際基準」において点滴静注を禁止しているのは、血液の希釈によるドーピングコントロールの潜脱の防止(点滴静注にて血液を薄めて、競技会直前に行われる血液検査をすり抜けること、ドーピング検査の結果を変えることを防止する目的)と禁止物質注入の防止目的である。点滴静注が「正当な医療行為」として許されている時に、禁止薬物でない他の薬剤を点滴静注に付加することを禁止して、他の方法をもって投与しなければならないとする合理性はありません。点滴静注が「正当な医療行為」として許される場合に、点滴に禁止物質でない他の薬剤を混注することは許されるというのが私の意見です。