スポーツ施設利用契約の当事者は、スポーツ施設の運営主体であるスポーツクラブなどの運営主体(以下「運営主体」という)である。契約上の責任は、契約当事者の運営主体が責任を負うことになり、「館長」「支配人」などの肩書きで現実に管理を担当する個人は責任主体とはならない。しかしながら、スポーツ施設を利用している者が事故に被災した際には、民事責任は施設利用契約上の責任のみならず、不法行為に基づく責任も生じる。施設利用者を指導するトレーナーに故意または過失があり、これにより利用者が事故に被災した時には、民法709条に基づきトレーナーは、個人として不法行為責任を負う。さらに、使用者責任が問題となる。使用者責任とは、ある事業の為めに他人を使用する者は使用される者ないしその代理監督者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任である。代理監督者とは、実際に使用者に代わって使用される者を選任ないし監督する者である。
東京地裁平成3年10月18日判決は、スポーツクラブの会員として、体育実技の指導を受けていた中学1年生が、埼玉ジュニア体操選手権に備え、トレーナーの指導で鉄棒のトカチェフ(背面開脚後ろ飛び越し)を練習中、飛び越し時に大腿部を鉄棒のバーに接触させて鉄棒直下に後頭部から落下し、第三・第四頸椎脱臼等の傷害を負った事故が訴訟となった事件である(以下「本件事故」という。)。
スポーツクラブは、全国の70余のスポーツ施設を運営し、施設利用サービスの提供及び会員に対する水泳・体育等実技の指導を実施している会社が経営主体であり、トレーナーは、経営主体の会社の従業員である。
被災者とその両親は、スポーツクラブ、トレーナー個人、スポーツクラブの支配人個人を被告として損害賠償請求訴訟を提訴した。
判決は、トレーナーについて、トレーナーが手を伸ばしさえすれば被災者の体に触れることができる位置にあったのであるから、いかに落下が瞬間的な出来事であるとはいえ、被災者の体がバーを飛び越せずに失敗することがあらかじめわかり、その失敗に基づく落下に備えつつ、実際に落下が現実化した時点で即座に手を差出していれば被災者の体に手が触れないということはありえず、被災者を抱きとめるかあるいは落下の際の衝撃をいくらかでも弱めることによって被災者に傷害を負わさせず、又は本件傷害のような重篤な結果の発生を防ぐことが可能であったものと解されるから、本件事故が不可抗力によるものである旨の被告らの主張は採用することができず、トレーナーには被災者の身体の安全を保護するための必要な補助措置を怠った過失があるとした。
判決は、「支配人」が民法715条2項の代理監督者に該当することを肯定した。
判決は、代理監督者とは、「客観的に観察して、実際上現実に使用者に代わって事業を監督する地位にある者」(最判昭和35年4月14日民集14巻5号863頁)との判断基準に基づき、①「支配人」としてその業務全般につき指揮監督にあたっていること、②本件クラブの体育スクールのマネージャーも兼ねており、現実にトレーナーを含むコーチらの能力を判断し、選手の練習指導方法等につき報告を受け、また、指示を与えるなどしていたこと、に鑑みれば、支配人は代理監督者にあたると判示した。
「館長」「支配人」として現実に事業を監督し、ないし、監督すべき地位にあった場合に代理監督者としての責任を負うことになる。