夏のスポーツ事故の現状と対策【日本スポーツ法学会年報15号、2008年】

 スポーツに伴う事故が発生し、その再発防止を考えるときに二つの意見の対立が生じます。
1つは「猪突猛進型」の意見です。「スポーツは危険を内在しており、スポーツに伴う事故を皆無にすることは不可能である」という理由から、事故を回避できなくてもやむを得ないという意見です。スポーツ指導者側に見られがちな傾向です。
もう1つは「石橋叩いても渡らず型」の意見です。スポーツ事故が生じると、当該スポーツは「事故が生じるような危険なこと」という評価をし、「そんな危ないことは止めてしまえ」と、スポーツ自体を否定する意見です。施設管理者側に見られがちな傾向です。公園で安全性に欠ける遊具を原因とした事故が発生した時に、個々の遊具の安全性を検討しないまま、公園の遊具を全廃するというような対応は、正にこの立場です。
いずれの意見も正しくありません。スポーツは、さまざまな身体的な活動を伴い、その過程においてスポーツをする者が受傷する事故を完全に避けることはできません。とりわけ、ボクシング競技に代表されるように相手競技者にダメージを与えることを本質的要素とする格闘技や、競技者同士の身体接触やボールが身体に衝突することが予定されている競技では、スポーツ事故を完全に避けようとするならば、当該スポーツをしないという選択しか残りません。
スポーツ安全保険(財団法人スポーツ安全協会)が2006年4月から2007年3月までの1年間に傷害保険を支払ったスポーツ事故は36,615件が発生しています。
競技別発生件数は、競技者が多いバレーボール、サッカー、野球、バスケットボールなどにおいて事故数が多くなっています。接触プレーやボールが体に衝突することが予定されている球技種目や格闘技、また自転車や登山などで傷害発生率が高くなっています。スポーツ安全保険の性格上、競技人口に対してスポーツ安全保険加入者数が少ないと推測されるゴルフなどの競技については、別の統計からの検討が必要です。
事故の結果という点からは、死亡あるいは後遺障害を残す事故(191件、0.14%)は、その全てが重大事故であり、入院治療を必要とした傷害や通院治療のみの傷害の中にも、重大事故が一部含まれています。これらの重大事故の中で、予防可能な事故、回避可能な事故を検討する必要があります。
概ね2006年末までに公刊集に掲載されたスポーツ事故一審判決(一部未掲載含む)は417件ありますが、判決数で上位を占めている競技は、事故を防止するための課題が大きいことを示しています。保険給付の点で事故発生率や事故発生件数が少ない競技でありながら、判決に至った事故が多い競技は、とりわけ事故防止の取り組みが求められています。
判決数の点で第1位を占めているのは、水泳です。2006年度において、競技種目を水泳とする保険加入者数は188,187人ですが、保険給付事故は215件、事故発生率は0.11%です。種目別に見ると事故発生率の低い競技ですが、溺水や水中への飛び込みによる衝突という重大な健康被害につながる事故が多く、対策が必要です。
夏のスポーツの点では、自然環境との関係での配慮が必要です。高温多湿下の熱中症、落雷・光化学スモッグ事故、山におけるルート誤認・転落事故、河川における急激な増水事故、海における高波事故、川や海における深みで溺れる事故、遠泳やトライアスロンにおける救助体制が不備なことによる事故です。
「いなずまや雷鳴を見たり聞いたりすれば直ちに避雷可能な場所に避難しなければならない」ことは、小学校低学年を読者対象とする一般書に記載されている知識です。ところが、いなずまや雷鳴があっても、「まだ大丈夫」という科学的根拠がない判断が事故を引き起こしています。
スポーツ事故の多くは、「無知と無理」が原因ないしその背景にあります。「失敗から学ぶ」ことを通じて安全なスポーツを普及することが課題です。