日本のスポーツ界は暴力を克服できるか【かもがわ出版、2013年】

 日本スポーツ法学会前会長の森川貞夫先生(日本体育大学名誉教授)が企画した書籍です。
山本徳郎先生(奈良女子大学名誉教授、元日本体育学会会長)、来田享子先生(中京大学教授、日本スポーツとジェンダー学会理事長)、辻口信良先生(弁護士、日本スポーツ法学会理事)、山口香先生(筑波大学準教授、全柔連国際委員会副委員長)との共著です。
私は、「スポーツにおける暴力・セクシャルハラスメント・パワーハラスメントの法的諸問題」のテーマで、「暴力・暴言・ハラスメント」に頼らない指導を解説しています。
スポーツにおける暴力行為が蔓延する原因として、「勝利主義」、「競技志向」を指摘する人が少なくありません。スポーツの弊害として、「勝利至上主義」、過度の「競技志向」に原因する問題があり、これらが是正されるべきという点については異論はありません。
しかし、暴力による服従は決して競技力の向上には結びかないのです。それなのに、暴力行為とのたたかいにおいて、暴力行為が生じる主原因を「勝利主義」、「競技志向」ととらえて、暴力行為と対峙することは、「暴力行為により勝利を得られる」との誤った認識を打ち破る上では、有害でした。この点が、これまでにスポーツ界における暴力行為根絶に成功しなかった要因の一つです。
「勝利主義」、「競技志向」をスポーツにおける暴力行為の主原因と主張する立場は、実は、<競技力を向上させるために暴力行為が有効だ>という暴力行為肯定論者と同じ誤った立場に立っていることに気がつかなければなりません。「勝利主義」、「競技志向」は、<競技力を向上させるために暴力行為が有効だ>という誤りをさらに増幅するという要因として影響を与えていますが、これを主原因とするのは誤りです。
この立場は、暴力行為による強制と服従では、真に競技力の高い強い選手・チームを育てることはできないことを、アスリート、指導者そして保護者等のスポーツを支援する人々の全てに理解してもらう取り組みにおいて、暴力行為の原因を「勝利主義」、「競技志向」ととらえることは、克服すべき対象を覆い隠してしまうという点で有害無益でした。
スポーツ界における暴力行為を根絶させるためのたたかいでもう一つ有害な議論があります。学校教育下における運動部活動におけるスポーツでの暴力行為をなくすための議論において、一つは、学校教育下における運動部活動における暴力行為の原因を、「学校での運動部活動を教育の一環と捉える視点が弱いことにある」とする意見であり、もう一つは、この意見と一八〇度反対ですが、「学校における運動部活動を、スポーツではなく『体育』としてとらえている点で、道徳教育の影響があり、これが、学校での運動部活動の暴力行為の要因である」という意見です。
学校教育下における運動部活動の本質を議論するという点では、それぞれの意見の価値を否定するつもりはありません。しかしながら、運動部活動における暴力行為を根絶するというたたかいの上では、全く不要な議論です。運動部活動は、教育の一環でもありますし、スポーツでもあります。教育の原理からも暴力行為は許されませんし、スポーツの原理からも暴力行為は許されません。暴力行為を根絶させるたたかいにおいて、運動部活動の性格の軸足をスポーツに置くのか、教育に置くのかという議論は、無益なだけでなく、議論を混乱させる意味で有害です。
スポーツ界における暴力行為根絶宣言は、スポーツにおいては暴力行為が許されるものでないことを宣言しているだけでなく、同時に、スポーツの場に暴力行為が生じやすいために、常に暴力行為をなくすためのたたかいが必要であることを示しています。
暴力行為をなくすためには、第一に競技団体として暴力行為を許さない態度を明確にし、第二に競技団体として暴力行為を許さないとの毅然とした行動をすること、第三に暴力行為に頼ろうとする指導者への指導方法の啓発活動、第四に暴力行為を隠蔽することを許さない対応です。
しかしながら、日本の競技団体の中で暴力行為を明示的に禁止している競技団体は約半数でしかないのが現状です。
教育関係者・スポーツ関係者が、暴力行為に毅然とした対応をとることで、指導者が「確信犯型」となることを防ぎ、かつ、指導者に対する適切な啓発活動を通じて、暴力に頼らず競技力の向上ができるように、「指導方法わからず型」から脱却させることが必要です。
日本高野連は、「甲子園塾」を行っています。ここでは、指導者の間で、体罰の是非についても、夜中まで話し合い、子どもたちをどう導くかを相互に話し合っています。指導者の指導力を高める、指導者を対象とした教育的な配慮が必要です。