家具製造会社工場長の心筋梗塞死-労働保険審査会1989年2月8日裁決(業務上認定)の意義【労旬1214号、1989年】

 労働保険審査会は1989年2月8日、家具製造会社工場長の心筋梗塞死について業務上と判断する裁決をしました。
医師・弁護士らでつくる「ストレス疾患労災研究会」は、1988年6月、働き過ぎが原因で脳血管・心臓血管疾患を患って倒れた人の労災補償に関する相談窓口として「過労死110番」を開設しました。これに、600件を超える相談がよせられました。
これまでは、遺族が「仕事が原因で倒れた」と思っていても相談をするところもなく、会社や労基署に相談しても「労災になるわけがない」と言われ泣き寝入りしてきましたが、ようやく労災として補償を請求できる「道」があることが広く知れわたってきました。
しかし、この「道」は狭く険しい。労働省は過労死に対して極めて冷淡な態度を取り続け、労基署段階で業務上災害と認定されるのは約10%に過ぎません(1987年度の脳血管疾患・虚血性心疾患の新規労災保険金請求事件数499件に対し、同年度の業務上認定件数は49件です)。
本件は、「夫は仕事に殺された」との遺族の思いが、会社の妨害にもかかわらず、被災者の同僚を動かし、そして、最近2年間の救済率がわずかに3.5%という労働保険審査会の狭い門戸を押し開いて獲得された救済裁決です。1987年度、1988年度2年間の労働保険審査会の全裁決数425件に対し救済件数はわずか15件に過ぎません(「週刊労災」1989年3月8日号)。労働保険審査会で、虚血性心疾患の過労死事件で救済裁決を獲得したのは、熊本労基署・福本スーパー地区本部次長の心筋梗塞死事件(労働保険審査会1982.11.30裁決、判例先例労災職業病第3巻第2編221頁)以来6年ぶりです。
 事案の概要と労働保険審査会の裁決の要旨を紹介し、 労働実態の事実認定の方法と本裁決の意義を解説したものです。
本件では、被災者が亡くなってから実に6年余の歳月をかけ、業務上の死亡であることが確定しました。なぜ、このような歳月を要したのでしょうか。最大の原因は、労基署、労災保険審査官が過労死が労災になるはずがないと予断を抱き、調査、審理をし、早期救済の道を閉ざしたことにあります。再審査請求手続の公開審理の席上、異例にも委員、参与が原処分庁に対し、調査の不十分さ、事実認定のずさんさを指摘したことにも顕著に現れています。
また、本裁決は、新認定基準の欠陥部分を排斥し、合理的な判断を行ったものであり、新認定基準の欠陥宣言です。
労働省は、新認定基準の是正についてはやぶさかでないとの態度をとっていますが(1988年11月22日に過労死弁護団が労働省に行った「過労死の労災認定及び予防対策についての要請書」に対する労働省の回答。労働法律旬報1210号29頁)、新認定基準の欠陥を是正すべく早急な再検討が求められています。さらに、当面の問題として、現在係属中の過労死事件については、新認定基準では、同基準にあてはまらない事例については、本省りんしにより個別的な判断をするとしていますが、本裁決を含む先例、判例を十分に考慮して判断することを切に期待されています。

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