中央労基署vs山口光明「頸部症候群」事件(東京高裁1991年1月30日判決)を紹介して、労災保険法に基づく障害補償給付請求において、障害の内容と程度-障害等級-をめぐる争いについての判断手法について分析、検討をしました。
労基署は、障害等級の判断について必ずしも主治医の意見を尊重せず、局医(労働基準局医員)に意見を求めます。多くは、主治医の判断より障害等級が低いものであるとの結論を導く目的です。局医の意見が主治医の意見と異なった場合は、労基署は、例外なく主治医の意見を排斥し、局医の意見に基づいた障害等級認定を行います。
局医の多くは、ほとんどが1回の診察だけで診断を行います。症状の出現が不安定であって、日によって軽快・増悪の変化がある場合、療養経過における症状の詳細な把握が判断の重要な要素となる場合等は、必ずしも適切な診断がなされないのであり、局医の意見の限界性は十分に吟味されなければなりません。
しかしながら、労基署は局医は「専門医」であるとして、局医の意見を盲目的に採用する傾向が強く、この傾向は、労基署のみならず裁判所にも少なからずあって、事態を混乱させる原因となります。
本判決は、局医の意見にかかわらず、医学的知見から「四肢脱力歩行障害」が単なる主訴ではなく客観的事実であり、他覚的所見であると認定し、かつ、「(四肢脱力歩行障害)は本件事故における頸部脊髄損傷の後遺症として生じた症状の1つであると認めるのが相当であ」ると認定したものです。
裁判所が行政機関の行為に対する追随姿勢を強めているとの警鐘が鳴らされて久しい。本件東京地裁判決は、事実認定における行政機関追随の姿勢が誤った結論に導いた1例です。本東京高裁判決は、これを正したところに意義があります。本件が、今後の裁判所における行政機関の行為に対する追随姿勢が改め、本来の姿勢に戻るための反省の材料となること、被災者が低い不当な障害等級認定に屈服することなく、正当な障害等級認定に希望をもって闘うことを期待するものです。