なぜ「飛び込み事故」は繰り返されるのか【体育科教育65巻8号、2017年】

 スポーツ庁は、2017年4月28日、水泳スタート事故予防の通知を発し、「スタートの指導での留意点」を発しました。この通知を契機に、スタート事故が多発した歴史的経過を紹介し、課題を示しました。
 文部省「水泳プールの建設と管理の手びき」(1966年、17頁、28頁)です。「手びき」は、1965年代に学校にプールを普及させるために作成されました。「手びき」では水深が浅いプールを推奨し、従前の水深の深いプールと同様にスタート台を設置しました。その理由を次のとおり説明しています。
 「昭和の初期につくられた競泳プールには2mにも及ぶ深いプールもあるが、戦後から1960年ごろまでにつくられたプールでは、(略)最浅水深を1.50m程度にとるのが普通とされていた。(略)小中学校プールで、公認プールにならって最浅水深を1m以上にとることがあるが、これでは深すぎて事故の原因ともなる」(16頁)
 「手びき」は、泳力が十分でない多くの児童生徒を少数の教員で指導する際に、溺水を防止するためにプール内で立つことができるよう水深を浅くしました。
 一方、「水泳プールの建設と管理の手びき」が作成される以前の日本のプールは、水深が十分深く、スタート事故が生じにくく、プールの数も少なかったためスタート事故は稀でした。そのため、水深を浅く変更することでスタート事故じるという危険性が認識されておらず、水深を浅くしたにもかかわらず、従前と同様にスタート台を設置したのです。
 事故の原因ないし背景には、「無知と無理」があります。「水泳プールの建設と管理の手びき」と「水泳指導の手びき」を制定した当時の教育行政は、スタート事故を想定していないという「無知」から事故を防止し得ませんでした。
 その後の文部省の対応は、科学的な原因分析をしないまま、施設の危険性には目を向けませんでした。そのため、「適切な水深」という、抽象的で事故対策には何の効果もない指導を続けました。これが、スタート事故を繰り返した温床の一つです。
 施設の危険性を無視して、指導の工夫で事故が予防できるという誤った認識=「無知」の下で、既存のプールでスタート授業を継続するという「猪突猛進型」の対応をして、教員に「無理」を押しつけました。当然であるがスタート事故は減少しませんでした。
 正しい科学的知見に立脚すること、また、現実に指導するためにふさわしい指導方法を示さなければ、事故を防ぐことはできません。これが指導に関する提言です。
 この通知を契機に、教育行政のスタート事故防止に関する施策は抜本的に見直されることが期待されます。